翔泳社 Biz/Zineの記事「【尾原和啓☓葉村真樹】都市は人間拡張の最大形態である──「都市5.0」をめぐって」(https://bizzine.jp/article/detail/4439)を、翔泳社より許諾を得て、転載させていただいております。
デジタルテクノロジーによって都市はどう変化するのか。東京都市大学教授の葉村真樹氏は新著『都市5.0』を上梓し、AI、IoT、5G、ビッグデータなどのテクノロジーとソリューションデザイン、コミュニティ、グリーンインフラなどの人間中心的なアプローチを組み合わせることによる、新しい都市のイメージを提唱した。サイバーとフィジカルが融合する時代の、都市と個人のあり方を、『アフターデジタル』などの著作でも知られる尾原和啓氏と語りあった。
[語り手]葉村 真樹、尾原 和啓
[取材・構成]京部康男 (Biz/Zine編集部)
[撮影] 高橋 康秀、干川 修
Googleから学んだテクノロジー楽観主義
葉村:僕も尾原さんもふたりともIT企業を転々としてきましたが、二人の出会いは10年ほど前のGoogle時代ですね。僕がGoogleを辞めたのが2010年中盤で、その半年ほど前に尾原さんが入ってきた。
尾原:そうそう。同じフロアで、葉村さんも僕も、Googleの国内における事業戦略や外の企業とのコラボレーションによる新規事業開発に取り組んでいました。
葉村:尾原さんはその前から、NTTドコモでiモード立ち上げに関わるなど、その時点ですでにITに関わっていらっしゃいましたが、僕はテクノロジー会社はGoogleが初めてでした。ただ、その頃のGoogleには、テクノロジー楽観主義的な空気感がありましたね。
テクノロジーによって、世界は改善されて良くなっていくという考え方。僕も尾原さんも、その影響を多いに受けたという点で共通していると思います。
尾原:そうですね。今まさにテクノロジーによってビジネスも社会も大変化が起きていて、僕らはその変化を楽しんでいこうという立場ですね。テクノロジーによる変化には副作用がつきものだけに、つい身をすくめ固くなってしまうんだけど、その副作用ともつきあってワクワクしていこうというところが似ていますね。
葉村:今回、僕が機構長を務める東京都市大学総合研究所未来都市研究機構のメンバーと共著で『都市5.0』を上梓しました。テクノロジー中心ではなくあくまで人間を中心に据えた上で、アーバン・デジタルトランスフォーメーションによる都市の可能性を探るという内容です。都市をAIやIoT、ビッグデータなどのテクノロジーの進化だけでなく、その歴史的な成り立ちも踏まえた上で、インフラマネジメントや人間中心デザインやコミュニティ形成という分野での考察を含め、次の時代の都市像を探るというものです。
尾原:この本で僕が面白かったのは、都市の段階的な変遷の中で、人間の経済活動や流動性の変化に基づき、都市の物理的構造から捉え直しているところ。今まさに世界中が新コロナウイルスの危機に直面していて、移動を制限されるなど都市を中心に世界中が大変なことになっている。しかし、僕らはこの本で書かれている、都市2.0──王や皇帝の支配する城壁の都市の時代に戻ることは出来ません。こういう状況の中だからこそ「移動すること」、「リアルにつながること」、「デジタルでつながること」などが問い直されるのだと思います。
葉村:ウイルスもテクノロジーも、伝播し拡大していく点では同じ。その急激な変化というものに抗い続けることは出来なくて、どのように適合していくか、その流れの中でどう変革を起こしていくのかが重要なのかもしれませんね。
尾原さんが書かれた『アフターデジタル』や『アルゴリズム フェアネス』にも通じるのですが、デジタルとリアルが融合して、デジタルの上にリアルなものが重なっていく時代なのだと思います。今回のパンデミックの事態で、そのことがますます加速されていくと思います。
「法人の都市」から「個人の都市」へ
(左)IT批評家 尾原和啓氏(リモートマシンによる参加)/(右)東京都市大学総合研究所教授・未来都市研究機構 機構長 葉村真樹
尾原:実際この対談も、Zoomを使ったWebミーティングで、シンガポールの僕のオフィスから、葉村さんの研究室と、iPadとロボットが合体したリモートマシンを使ってやっている。Zoomを使ったミーティングは今日だけですでに5回めです。僕も葉村さんも、すでにZoomの中で仕事をしているといって良い。
葉村:今回の新型コロナウイルス問題で、企業もテレワークに否応なしに対応することになった。同期/非同期のコミュニケーションをWeb会議とチャットツールで行い、仕事をすることが、やっとあたり前のこととして定着していくと思います。尾原さんは、早くからそうしたスタイルを実践されていますね。
尾原:僕自身はリモートワーカーですらなく、リゾートを転々としながら働いている「リゾートワーカー」。仕事と遊び、日常と非日常を分けるのではなく、非日常の遊びの場所で仕事をしている。先日まではバリ島にいて、リモートで仕事をした後はすぐにプールに飛び込むという生活でした。デジタルテクノロジーのおかげで、どこにいても仕事は出来るし、機械による自動化が進んでいくと、人間の仕事にはますますクリエイティビティが求められていきます。むしろリゾート地で海に飛び込んだり、森の中を散策している方がアイデアは湧きやすい。そういう場所に身を置くことの方がクリエイティブワークには向いていると思います。
葉村:そのことは、都市の問題にも絡んできます。この本の中で、僕は、都市を「神の都市-王の都市-商人の都市-法人の都市-個人の都市」による5つの変遷で述べていて、現代の都市は「法人の都市」であり、次にくる人間中心に立った「個人の都市」を「都市5.0」と位置づけています。
現代にいたるこれまでの都市4.0は「法人の都市」の時代。企業は大都市に本社を置き、地方に生産拠点、その中間地点に生活拠点を置いてきた。都市5.0の「個人の都市」の時代では、企業のあり方も変わってきて、クリエイティビティのある個人をつなぐネットワークを構成できるかどうかが命運を分けるでしょう。リモートやテレワークが前提としてありながらも、フェイス・ツー・フェイスで会うことの価値や、交流する場の価値も再浮上してくる。WeWorkのようなコワーキングスペースも、今までは大都市にあったけれども、リゾートに置かれることで別の可能性があらためて価値が見直されるかもしれません。
今回の新型コロナウイルスの問題はゆゆしき事態だけれど、これをきっかけに都市の意味づけが変わってくるのではないでしょうか?
尾原:イタリアのミラノが今大変なことになっていますが、そのミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が提唱する「意味のイノベーション」という考え方があります。たとえば、ローソクはかつては、部屋を明るくするものためのものでした。今は、気持ちを落ち着かせたり、ロマンチックな雰囲気を作るために使われていて、以前より売れるようになった。何かの機能が他のものに代替された時、別の文脈や解釈で再発見され、新しい意味が生まれる。これからの都市や空間、移動を考えるヒントになるのではないかと思います。
葉村:同じことが都市とクルマの関係にも当てはまります。最近では、MaaSの可能性が語られますが、これからのクルマは、場所を移動するためものではなくなるかもしれない。自動車会社の人は、人間の総移動距離が減ってきていることを嘆くのですが、それは仕方がない、と僕は思うんです。移動をせずに用事=「Jobs to be done」が済ませられれば、その方が良いはずです。そうなると、クルマは移動の手段ではなく、運転することそのものの楽しみを体験するためのものだったり、別の没入空間や娯楽のための空間としての可能性の方が大きいかもしれません。
尾原:中国版テスラといわれるBytonは巨大なディスプレイを備えたEVを発表しています。車の中で波待ちをしながら前回のサーフィンの映像で盛り上がっていたり、車庫の中で子どもたちが宇宙船に乗ったストーリーを体感するというユースケースの動画を紹介している。クルマの持つ意味を移動時以外に拡張しているわけですね。
60年代の未来イメージに時代が追いついた
葉村:今回の「都市5.0」の「神/王/商人/法人/個人」へと変遷していくというモデルは、元々は建築家の故黒川紀章氏からインスパイアされたものです。
黒川氏はすでにそのことを、1965年に発表していた。インターネットはおろか、パソコンもなく、ようやく家電が普及したという時代です。その前年、東京オリンピックの時代に都市の未来のイメージを考えていた。僕が都市の今後のイメージを模索していた時に、黒川氏の論文に出会ったことはまさに衝撃でした。
尾原:1960年代は、黒川氏のメタボリズムなど、都市や建築、メディアの領域で、テクノロジーとの横断的な思考が一気に出てきた、まさにテクノロジーが未来を描いた時代ですね。今ようやく時代が、彼らの描いたイメージに追いついたといえます。毎年テキサス州のオースティンで行われているSXSWが今年は残念ながら新型コロナウイルスで中止になりましたが、その関係者たちも、その時代のSF的な未来観に影響を受けている。僕自身も、万博の年(1970年)生まれなので、あの時代のワクワク感には思い入れがある。
ところで、葉村さんは、前著『破壊』でもそうでしたが人間の身体的拡張、ということをよく言及されますよね。これも1960年代からの影響はあるのですか?
葉村:まさに60年代のマーシャル・マクルーハンの「人間拡張原理」に多いに影響を受けています。そして、近代都市計画の権威であるル・コルビュジェもまた同様なことを唱えています。今回の「都市5.0」では「都市は人間拡張の最大形態である」というメッセージのもと、いかにテクノロジーによって、都市を舞台により明るい未来を創っていくかについて論じています。
今回の新型コロナウイルス問題で、これまでの都市を形作ってきた移動の概念に変化が起こり、テレワークもあたり前になってくるでしょう。そうすると移動の総量は減る。これまで企業は、社員に通勤費や交通費を支払うことで、渋滞や通勤混雑を生んでいました。その費用と時間がなくなることで、生産性はあがるかもしれません。鉄道会社や交通関連の会社は困るかもしれない。しかしそこから新たなイノベーションが生まれるかもしれません。
AIやIoT、センシング技術や解析技術によって人間が拡張していく、その最大形態として都市を捉えるとともに、人間を中心にしてどうデザインしていくか。そしてそれにどのようにテクノロジーを当てはめていくか。波乱じみた幕開けとなった2020年ですが、この大変化の時代をワクワクしながら楽しみたいと考えています。
翔泳社 Biz/Zineの記事「【尾原和啓☓葉村真樹】都市は人間拡張の最大形態である──「都市5.0」をめぐって」(https://bizzine.jp/article/detail/4439)を、翔泳社より許諾を得て、転載させていただいております。