日本広報学会は2018年10月27日~28日、東京都市大学・等々力キャンパス(世田谷区)にて「第24回研究発表全国大会」を開催した。多彩な研究発表プログラムのうち、2つのパネルディスカッションに焦点を当て、東京都市大学から参加した講師陣による研究内容についてレポートする。
開催2日目となる28日には、「地域の交響と都市ブランディング」をテーマに、東京都市大学総合研究所未来都市研究機構共催セッションを開催。東京都市大学からは3名が登壇し、研究内容の発表、およびパネルディスカッションを行った。
都市生活学部・准教授、総合研究所未来都市研究機構の北見幸一博士(経営学)は、「1万人生活者調査と都市ブランド戦略~都市生活者の意識と自治体広報の現状」と題し、地方創生を目指す各自治体の都市ブランディングの現状について報告した。
地方創生と自治体の都市ブランディング
都市ブランディングにおいて、「地方創生」は無視できないキーワードだ。
地方創生とは、東京への一極集中を見直し、地方の人口減少に歯止めをかけて日本全体を元気にしようという政策のこと。増田寛也氏(元総務大臣)が座長を務める「日本創成会議」は2014年5月、人口減少問題検討分科会にて「消滅可能性都市」について言及した。消滅可能性都市とは、少子化や人口流出によって人口が減少し、存続が危ぶまれている自治体のことで、なかでも東北や四国で深刻さが増している。
この現況を打開するために「まち・ひと・しごと創生法」が成立。地方創生の流れが一気に加速している。2018年度の地方創生に関する予算は約2兆円規模と大きい。
これを背景に、各自治体では様々なシティプロモーションや都市ブランディングなどの広報活動が盛んに行われている。昨今よく目にするのは「地方PR動画」だ。大分県のPR動画「シンフロ」篇はマスメディアでも大々的に取り上げられたことから、動画再生回数が200万回を超える(2018年時点)など一定の成果を得られている。一方で、宮城県の観光PR動画「涼・宮城の夏」には多くの批判的意見が寄せられたものの、“名前が広がるきっかけになった”という評価もあり、賛否を巻き起こしている。
PR動画は地方創生を実現するための、手っ取り早く、わかりやすい手段ではあるが、「本当の意味で都市ブランディングにつながっているのか」といった疑問が残る。地方創生のための都市ブランディングには、どのような要素が必要なのだろうか。
都市におけるインターナル・マーケティング
サービス業には3つのマーケティングがある。企業と従業員間の「インターナル・マーケティング」、従業員と顧客間の「インタラクティブ・マーケティング」、企業と顧客の「エクスターナル・マーケティング」の3つだ。これらがうまく連動することで、企業・従業員・顧客がそれぞれ利益や満足が得られるとされている。
この関係に、都市・自治体、都市生活者、域外消費者を順に当てはめると、都市や自治体と都市生活者との間には、「インターナル・マーケティング」の関係が成り立つ。
今回ディスカッサントとして招いた河井孝仁氏(東海大学文化社会学部広報メディア学科・教授)は、著書『シティプロモーションでまちを変える』の中でシティプロモーションについて「地域(まち)を真剣(まじ)にする人を増やすとりくみである」とし、「地域(まち)には人がいなければならない。しかし、それは数として定住人口があればいいということではない。地域(まち)を推奨し、地域(まち)に参画し、地域(まち)の支え手に感謝する人がいなければならない。地域(まち)を真剣(まじ)にする人を増やすとは、そうした人を増やすことだ」(p.34)と語っている。
都市に住む都市生活者が、自らの生活に不満を抱えていれば、自分の住む都市を他人に勧めることはないのだ。つまり都市生活者の満足度が、都市ブランディングにつながる可能性があると推察できる。
1万人都市生活者調査と都市の表象調査
北見氏が実施した「1万人都市生活者調査」、および「都市生活の満足度と表象要素の関係分析」では、都市生活者の満足度や都市を形成する構造などを分析している。
「1万人都市生活者調査」によると、「あなたが住んでいる『都市・まち』における生活の満足度はどれに当てはまりますか」に対する回答は、満足56.3%、不満21.8%で半数以上が居住地域に満足していることがわかった。
満足の理由TOP3は、「利便性」、「近接性」、「生活施設の充実」。不満の理由TOP3は、「交通の不便」、「店・商業施設の少なさ」、「税・物価の高さ」。生活者の満足度をより高めるには、不満要素を解消する施策が必要かもしれない。
また都道府県別では、福岡県、兵庫県、神奈川県など大都市圏の満足度が高く、島根県、秋田県、鳥取県など東北・山陰地域の満足度が低かった。
一方の「都市生活の満足度と表象要素の関係分析」では、生活者が重視する要素や都市の構造について調査・分析している。
都市を表象する要素には、「山海の幸に恵まれた都市」や「グルメ都市」、「ファッションに敏感な都市」、「遊興施設の多い都市」など36項目※が挙げられる。
(※金光(2016)都市ブランドの21要素モデル、および電通abic project(2009)「地域ブランド」調査項目を参照)
この36の要素のうち、現実の都市を表す要素として1位に挙がったのは「自然に恵まれた都市」である。しかし、理想の都市像に必要な要素としては8番目にランクしており、理想と現実との間にギャップがあることがうかがえる。このギャップは他の要素にも見られた。
36の表象項目を最尤法およびプロマックス回転で因子分析した結果、都市の表象要素は「革新性」、「安心安全」、「文化活性化」、「伝統」、「人間関係」、「自然」、「子育て」の7因子構造であることがわかった。さらに重回帰分析をしたところ、都市の満足度への影響力が最も高いのは、「グルメ都市である」、「ファッションに敏感な都市である」などといった「文化活性化」因子だった。
自治体の広報活動の現状と、これから求められる要素
企業広報戦略研究所(電通PR内)が開発した「広報オクトパスモデル」では、広報力に必要な8つの力として、「情報収集力、情報分析力、戦略構築力、情報創造力、情報発信力、関係構築力、危機管理力、広報組織力」を挙げている。
これに基づいて自治体の都市ブランディングに対する意識調査を行ったところ、現状では「情報発信力」がずば抜けて高いことがわかった。一方で戦略構築力、情報分析力、情報創造力、関係構築力の項目は低く、まだまだ努力の余地がありそうだ。自治体の都市ブランディングは“お知らせ広報”的活動が中心になっている可能性があり、もっと戦略的・創造的な広報活動の強化が望まれる。
都市ブランディングに向けた広報活動として各自治体が重視しているのは、「市民が都市に誇りを持てること」、「市民が都市に関心を持つこと」、「市民がブランディング活動に積極的に参画すること」などで、市民に目を向けている項目が多い。
しかし「域内住民を活用して広報することができている」と自己評価する自治体はまだまだ少ない。これからの広報活動では、「域内住民を活用した広報」によってほかの都市と差別化を図り、都市ブランドを築いていくことが求められている。
北見 幸一(キタミ コウイチ)
所属:都市生活学部 都市生活学科
職名:准教授
出身大学院:立教大学 博士 (経済学研究科) 2009年 修了
取得学位:博士(経営学) 立教大学 2009年
研究分野/キーワード:経営学、 マーケティング、ブランド戦略、広報戦略