沿岸域は経済活動が活発で人口も増加傾向にある反面、災害によるインパクトが大きいエリアです。特に津波・高潮による被害を受けやすい場所では、正確な知識に基づいた防災対策や避難計画を立てておく必要があります。そんなとき過去の災害経験を活かすことができれば、沿岸域の被害を小さくすることも可能でしょう。
津波・高潮災害を研究している三上貴仁准教授にお話を伺いました。
「沿岸域は人が増えて経済活動も活発な反面、災害インパクトが大きい」
我々の研究室では、世界中の津波・高潮災害に関する調査・研究をしています。世界的に見ればその利便性から沿岸域に住む人は増えており、経済活動においても依存度が高まっていることは事実です。しかし一方で、沿岸域で災害が起きたときのインパクトも増大しています。
津波・高潮災害の研究目的は、沿岸域の災害規模を最小限に抑えるための方策を見つけることにあります。リスクを正確に把握して対策を練り、想定される不安が少しでも取り除かれれば、より地域を活性化させることにもつながると考えています。
この研究でポイントとなるのは、「物理的になぜ災害が起こるのか」、「どんな脆弱性があるために災害が引き起こされるのか」という点です。この2つの視点を基に、同じ災害を起こさないためにはどうすればいいのか、避難計画にはどう活かせるのか、現在災害が起きていない地域で脆弱性が上がったときにどんな被害が起こり得るのか等について日々追求しています。
調査方法は、実際に災害のあった世界各国の地域に赴いて現地の専門家と協力しながら被害状況を確認するフィールドワークが中心です。現在、経済発展と共に沿岸域の開発が進んでいるジャカルタ、バンコク、マニラなどのアジアの大都市で、かつて東京や大阪でも経験した地盤沈下が起こっていることが分かっています。またジャカルタでは0m以下の地帯が広がっており、浸水のリスクが高まっています。災害ハザードはそれほど高くなくても、実は沿岸域の脆弱性はどんどん上がっているのです。
港湾開発や埋め立てによる宅地増設などで災害経験・知識の乏しい沿岸住民が増えたとき、気候変動による海面上昇や津波・高潮などの災害が起こったら大変です。各沿岸域でどういった脆弱性が上がっているのかを、早急に明らかにする必要があると思っています。
「災害知識を広めることと、被害をイメージさせる伝え方が大切」
災害に対する知識の有無は、被害の大きさに関係してきます。地震が起きたときに「津波が押し寄せるかもしれない」という知識がなければ、避難を促しても避難の必要性を感じてもらえません。災害地域で避難に関する調査をしたところ、地震による津波を何度も経験してきた地域では、警報がなくても自主的に避難行動に出ていました。しかし、大きな災害の発生頻度が低い地域では、多くの人が正しい知識を持っていないために避難が遅れ、被害が拡大したことが分かりました。
また、あまり台風のこないフィリピン中部に台風が上陸した際、ストームサージ(高潮)がくるので避難するよう呼びかけたところ、言葉の意味を正しく理解できていなかったために避難が遅れて大きな被害が出たという事例もあります。
この結果をふまえて、災害が起きた現地の人たちから「何が避難のきっかけになったのか」についてヒアリング・収集しています。「いつもの海とは異なる現象を見かけたから逃げた」などの経験談を集めていけば、避難計画にも活かせるはずです。また災害に対する意識と避難行動との関係性を探っていけば、災害経験のない地域で防災教育をするときに役立てられるでしょう。
過去の経験から学んで皆が正しい知識を持っていれば、速やかな避難行動につながり被害を抑えられるはずです。警報システムやインフラ整えることも重要ですが、受け取る側に知識がないとそれを活かせない場合があるのです。それぞれの地域で過去にどんな災害が起こり、対策がどの程度まで行われているのかを把握したうえで、正しい知識を広めていくことが大切だと考えています。
「残存史料の多い日本は、災害に対するアドバンテージがある」
私たちは、100年後200年後に災害が起きるとしたらどんな被害が想定されるのかを常に想像しながら研究していかなければなりません。気候変動による海面上昇や、台風・熱帯低気圧の強さ・頻度・進路の変化などさまざまなシナリオがありますが、沿岸域の災害リスクを高める傾向があるならば一つひとつ対策法を考える必要があります。悪いことは起きて欲しくないのが人情ですが、想定されるワーストケースをきちんと把握していくことが重要です。
なかには沿岸に住む人たちを内陸に移動させた方がよいのではないかといった議論もあります。しかし、沿岸域には大きなメリットがあります。実際、南太平洋の島やフィリピンの島では、島中水浸しになっても今の生活を捨てずに住み続けている人が大勢います。人間はどう海と向きあって変化していくのか、または変化せずにどう順応していくのか…。各地の災害に関する情報を拾い集め、地域ごとの状況に合わせて避難計画等に活かすことが大切です。
日本には、過去の何月何日にどんな災害が起きたのかという史料がたくさん残っています。一方、他の多くの国では100~200年遡ると史料は残っていません。大災害が起こるのが100年に1回のペースとすると、他国では災害の実態をイメージしにくいのが現状です。しかし日本には災害を把握できる史料が豊富にあるため大きなアドバンテージがあります。日本を軸に津波や高潮災害の研究を続けていけば、世界にも有用な情報を発信していけると信じています。
三上 貴仁(ミカミ タカヒト)
所属:工学部 都市工学科
職名:准教授
出身大学院:早稲田大学 修士 (創造理工学研究科) 2011年 修了、早稲田大学 博士 (創造理工学研究科) 2014年 修了
出身学校:早稲田大学 (理工学部) 2010年 卒業
取得学位:博士(工学) 早稲田大学 2014年
研究分野/キーワード:自然災害科学、水工水理学、海岸工学、自然災害、防災・減災