2019年12月20日、東京都市大学 二子玉川夢キャンパス(東京・世田谷区)にて、「未来都市研究機構第10回セミナー(第158回総研セミナー)」が開催されました。
東京都市大学では、「未来都市研究の都市大」を掲げ、魅力ある成熟都市形成に貢献するエイジングシティ総合研究を推進しています。その一環として、技術や制度に関する公開セミナーを定期的に開催してきました。10回目となる今回は、総合研究所未来都市研究機構が提唱する「アーバン・デジタル・トランスフォーメーション(UDX)」をテーマに発表が行われました。
当日は、未来都市研究機構、機構長の葉村真樹教授による開催挨拶に始まり、土木学会、専務理事の塚田幸広氏が「データ・センサによる都市インフラのマネジメント」と題した講演を実施。その後、休憩をはさんで、理化学研究所・革新知能統合研究センター、副センター長の上田修功氏による講演「防災・減災に向けた人工知能技術」が行われました。
これからの防災は「機械学習」や「深層学習」がキーワードに
上田氏はNTTコミュニケーション科学基礎研究所、理化学研究所革新知能統合研究センター(理研AIP)や、さまざまな大学において科学基礎、機械学習などの研究を行っています。今回の講演では、防災や減災を目的とした人工知能技術について発表しました。
昨今のAIブームでは知識表現、いわゆるエキススパートシステムが盛り上がりを見せました。しかし、そのAIブームも実用化を経たことで、その時代は終わったと上田氏は話します。
現在におけるAIブームは機械学習ブーム、つまりは深層学習のブームと言っても過言ではありません。これらを防災にも貢献させるべく、上田氏は理研AIPにて防災科学チームを結成。チームの目的は、防災科研、気象庁などで抱えている問題をAIによって解決することです。
チームが取り組んだことの1つは、ハイパフォーマンスコンピューティング。いわゆる、スパコンによる地震による被害の推定です。関東大震災は再び起こりうるとされていますが、事前に地震に弱い建物を推定することによって、リスクの回避が可能になります。この推定にはボーリングで得られる地盤のの3層構造を使用しますが、地盤モデルが不正確故、スパコン上で物理モデルをシミュレーションする際、1点に対して数千回のモンテカルロ・シミュレーションを行い、平均値を出す必要があります。それゆえ、相当な計算量となり、大規模なシミュレーションを行うことが困難でした。そこで数回のシミュレーション結果を学習データとして機械学習技術を援用して揺れを推定するという新たな手法を考案しました。これにより、推定結果は変わらないものの、計算スピードが数千倍速くなるといった効率性の向上につながりました。「このように機械学習ををシミュレーターとみなすことができ、機械学習をサロゲートモデルと言うことができます」と上田氏。
地震予測を出発点として、人の渋滞を回避する必要がある
将来的に日本の地方人口は減少すると予想される一方、都市部では増加の一途をたどっています。実は、地震が起こることによって問題視されているのは建物の倒壊よりも、火災や人の渋滞です。人はパニックに陥りやすいため、適切なナビゲーションが行われなければ一気に混雑や渋滞が起こってしまいます。よって、地震予測を出発点として、人の渋滞を回避する策を講じる必要性があると言えます。NTT機械学習センターではこのようなシステムを現在研究開発しています。
東京オリンピック・パラリンピック開催時の新・国立競技場へ8万人が入場する状況を予測した資料を例とすると、どこのゲートを開けて、どこのゲートを閉じるかという課題を機械学習で予測することによって、混雑を回避することができます。誘導した場合は1時間、誘導しない場合は2時間かかることがわかります。
まずはどのゲートが混みそうかということを予測し、シミュレーションによって導かれた有効な手段を実際に使っていきます。「本技術は、東京オリンピック・パラリンピックを担当する警備会社において、この技術やシステムを使って具体的な警備案を事前に検討することになっています」(上田氏)
リアルタイムサイバーフィジカルシステム
インターネットを経由して世界の情勢を知ることができるようになりましたが、AIやIoT がより進んだ時代では、多種多様なセンサーが現実世界にちりばめられ、世界の状況がリアルタイムで全てわかるようになります。その状況を解析して現実世界に落とし込み、さらにフィードバックすると、また現実世界が変わってくるのです。このような循環はリアルタイムサイバーフィジカルシステムと呼ばれています。つまり、さまざまな情報がリアルタイムで得られることによって、トランスポーテーションの効率が非常に良くなると言えます。
「最後にシミュレーションと機械学習に関する今後の研究の方向性について述べさせていただきたいと思います。科学は変遷を遂げていますが、シミュレーションや機械学習は、インターネットとデータを使えば何でもできるということではありません。多様な物理モデルをどう使っていくのかが課題なのです。物理モデルにはパラメータがあり、そのパラメータを学習していく必要があります。スパコンで生成された人工データからパラメータを推定し、物理モデルを観測データに同化させることが、今後の機械学習における重要な研究であると言えるでしょう。この研究は文科省の数理的情報活用基盤にて立ち上げており、私が総括を務めております。ぜひ興味を持っていただければと思います」と上田氏は発表を結びました。
上田 修功(ウエダ ナオナリ)
理化学研究所・革新知能統合研究センター
副センター長