東京都市大学では「未来都市研究の都市大」をコンセプトに掲げ、各領域で都市研究を重ねてきました。本記事では未来都市研究機構のユニットの1つ「グリーンインフラ研究ユニット」の狙いと概要についてご紹介します。今回は環境学部の飯島健太郎教授にお話をうかがいます。
緑や土地利用から課題を解決し、豊かな未来社会を作る
近年では気候変動やそれに起因する気象災害が私たちの生活へ大きな影響をもたらしています。これに対して緑や土地利用から課題を解決し、豊かな未来社会を作っていく方策が「グリーンインフラ」となります。
これまでは緑地が気温や輻射熱を緩和させたり、土壌が地域の水源を涵養したり、生き物の生息環境を整えるなど、多面的な効用があると言われてきました。一方で、バーチャルなデジタル社会、あるいはデジタルトランスフォーメーション時代に向けて、今こそ都市のリアルな部分を土地利用上の複合機能化を視野に具体的にデザインしていくことが重要と考えられます。都市インフラが改修更新のラッシュとなる今こそ新たな土地利用を計画する最適なタイミングであると考え、グリーンインフラを改めて提唱させていただいているという状況です。
世界におけるグリーンインフラ事例
欧米では緑地空間を整備しながら環境保全を行う方向性をグリーンインフラと位置づけて展開しています。アメリカのポートランドでは緑地帯が雨水浸透のために整備されていますが、これもグリーンインフラの1つであり、内水氾濫から流域の治水対策を含む持続的な雨水管理として注目されている事例です。シンガポールでは洪水対策として、河川沿いに幅100mほどの緑地帯を整備し、氾濫原として活用しています。日常的には公園緑地であり、大雨が降った時は氾濫原という2つの機能を有しているのです。これもまたグリーンインフラにあたります。
沿道の雨水プランター(ポートランド)
研究テーマは「防災減災」「環境改善」「健康ストレスマネジメント」
グリーンインフラは雨水対策における土地利用が話題になりやすいですが、私たちのユニットではグリーンインフラを広義に捉え、以下3つのテーマに基づいて体系的に研究を進めています。
1つ目は「防災減災」です。例えば街路樹帯や公園緑地は街を美しく見せるだけでなく、火災が起こった時の“焼け止まり”という役割も持っています。これは生垣でも一定の役割が期待できます。東京都市大学では、樹木の燃焼実験が行われています。2m程度の樹木に片側から熱炎を与えたところ、樹木の手前は600℃という高温度でしたが、反対側は30℃程度であることが明らかにされています。放っておけばいずれは燃えてしまうかもしれませんが、樹木があることで万が一火災が起こっても何分間は人に避難する時間をもたらすことになります。それゆえ密集住宅地に生垣を整備することで、火災時に人々の命を救いやすくなると言えます。
2つ目は「環境改善」です。都市部のヒートアイランド化は周知の事実ですが、天気予報で伝えられる通り、気温に関心が集まりがちです。実は、真夏の都心のアスファルトは60℃を優に超えており、大型の平屋の店舗などの屋根は鉄板で作られているため、80℃くらいまで達することもあります。明治時代における関東平野の土地利用分布図を見ると都心の一部を除き、ほとんどが緑地であることがわかります。どんなに暑い日でも緑地の表面は40度程度。水面や畑、芝生の表面であれば35度ぐらいでしょう。
現代では都心のほとんどがコンクリート造やアスファルト、鉄という素材が占めているのですから、ヒートアイランド状態になるのも仕方ありません。しかもそうした輻射面が至る所に存在するわけですから湿度条件とも相まって熱中症で倒れる人が増えるのは当然のことと考えられます。
とはいえ、コンクリートやアスファルトの存在を否定することは現実的ではありません。そこでアイディアの一つとして考えられるのが建築空間の活用です。航空写真を見ると意外と未利用の屋上が多いことわかります。この屋上面に緑地を整備することで、都市全体の緑地面積は急増し、熱負荷を軽減が期待できるのです。ポートランドでは屋上緑化も推進していますが、ヒートアイランドのためだけではなく、屋上緑地に雨を一時貯留させ下水道への流出を遅らせるという目的もあります。屋上緑化によって日本でも同様の効果が期待できると言えるでしょう。
棟間空地の生態緑溝(ポートランド)
3つ目は「健康ストレスマネジメント」です。未来都市の土地利用を考えるにあたって、人々の暮らしは要となります。デジタル社会やデジタルトランスフォーメーション時代と言われる現代では、ITや AI、5Gといった先進的システムがもたらす通信速度の向上のおかげで、効率的な生活がほぼ目の前まで来ています。出社するのが当たり前であった日本においても、リモートワークでの会議も可能となりました。しかし、利便性が高い一方、1年中バーチャルな空間で暮らせる社会と言い換えることもできるのです。そうした環境は人類の進化適応とはおよそ異なる世界であり様々な健康的な問題も指摘されています。リアルな刺激がなく運動機会も減少する中で心因性の病に加え、認知症や寝たきり老人がより増える可能性もあります。デジタル社会にはこのような危険性を持ち合わせていることも注目すべきなのです。
これからの時代には、ライフスタイルとして緑(自然)を知覚する環境に時に身を置くこと、さらには緑の活動(園芸)が重要な意味を持ってきます。例えば緑が視野に入るよう、リモートワーク時にはパソコンの周りに植物を置くルールを作るなど、緑を通じた取り組みを提案していくことが「健康、ストレスマネジメント」の一つの手段になるかもしれません。コロナ禍がデジタル社会を押し進めている今こそ、緑で人々のストレスを軽減させ、健康を推進することが重要なのではないでしょうか。
後半では「グリーンインフラ研究ユニット」の具体的な活動や今後の展望などについてお伝えします。
飯島 健太郎(イイジマ ケンタロウ)
所属:総合研究所 環境学部
職名:教授
出身大学院:東京農業大学 修士 (農学研究科) 1994年 修了、東京農業大学 博士 (農学研究科) 1997年 修了
出身学校:東京農業大学 (農学部) 1992年 卒業
取得学位:博士(農学) 東京農業大学 1997年
研究分野:環境緑地学、造園学、公衆衛生学