東京都市大学・総合研究所「未来都市研究機構」は7月25日、二子玉川夢キャンパスにてセミナーを開催した。2017年からスタートした、未来都市研究機構のブランディング事業は今年で3年目を迎える。今期はエイジングシティ問題を解決する道筋として「アーバン・デジタル・トランスフォーメーション(UDX)」を掲げ、過去2年間で得られた成果を基に研究を深めていく方針だ。未来都市研究機構が新たに掲げる「UDX」とは何か、なぜそれを提唱するのか。2019年4月1日に新しく就任した葉村真樹機構長の基調講演をレポートする。
未来のスマートシティーを実現するIT技術の発展
未来都市を考える上で念頭に浮かぶのは、「Society 5.0」だろう。「Society 5.0」とは、日本が提唱する、未来社会の形のこと。日本が目指すべき社会は、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の新しい社会(Society)」だ。
より良い未来都市を実現するには、インターネットやテクノロジーは必要不可欠である。アメリカの証券会社、チャールズ・シュワブの社長兼CEOデビッド・S・ポトラックの著書『クリック・アンド・モルタル』(2000)にもこう書かれている。
「インターネットやそれを取り巻く技術は、私たちの誰もが、より力強く、より責任を持ち、それがなくてはできなかった方法で他者に貢献することを可能にしてくれるものだ」
事実、インターネットの発展により社会や人々の生活は一変している。
「ウェブの父」ティム・バーナーズ=リーがWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)を考案したのはちょうど30年前のこと。このたった30年の間に、世界初のブラウザが生まれ、ヤフーやグーグルなどの検索サイトが出現してインターネット利用者が爆発的に増え、iPhoneなどのスマホを各個人が所持するようになった。SNSが浸透し、Twitterのデータは米大統領選における当選率予測や株価解析などにも使われている。遊休資産を活用するシェアリングエコノミーが広まり、巨大IT企業が都市開発をする時代に入った。現在、グーグルの兄弟会社サイドウォークラボがスマートシティー構想「IDEA」を掲げ、カナダ・トロントで都市開発を進めている。これは都市づくりを考える上で目の離せないプロジェクトである。
情報の流れも変遷している。マスメディアが一方的に情報発信する時代は終わり、情報の流れは多方向化した。今は個人が巨大メディアと同等の情報発信力を獲得しうる時代だ。
米オライリーメディアの創業者兼CEOのティム・オライリーは、2005年に次のように発言している。
「旧来は情報の送り手と受け手が固定され送り手から受け手への一方的な流れであった状態が、送り手と受け手が流動化し誰でもがウェブを通して情報を発信できるように変化した。これを私はWeb2.0と呼ぶ」
WWWは世界中に広がったクモの巣に例えられるが、無数に点在するウェブサイトを検索し、目的のウェブサイトを訪ねて情報を取ってくるのがWeb1.0の時代。いまだにこれがインターネットだと考えている人は少なからずいるかもしれない。しかし今、われわれがいるのは、誰もがウェブを通して情報発信できるWeb2.0の時代だ。ブログ、YouTube、TwitterなどのSNSや、集合知で作り上げるWikipediaなどが日常に浸透し、情報発信することで個人が力を持てる時代なのだ。
それを象徴する事例が2つある。
ひとつは、TIME誌が毎年発表しているパーソンオブザイヤー。2006年に選ばれたのは、著名人や有名人などではなく「You.(=あなた)」だった。
「あなた。そうです、あなたです。あなたが情報時代をコントロールするのです。あなたの世界へようこそ」
Person of the year 2006 タイム誌2006年12月25日&2007年1月1日合併号
もうひとつは2005年と2013年のローマ法王選出時のシーン。サンピエトロ広場に集う観衆の様子を見比べると社会の変化が一目でわかる。わずか8年の間に、個人がスマホやタブレットを手に、その瞬間をカメラに収める時代に変わった。撮影した写真や動画はウェブ上に発信されるのだろう。このインパクトは非常に大きい。
Photo:NBC NEWS
インターネットの進化はとどまらない。分散化(ブロックチェーン)が加速して、個人間で価値を流通しあうWeb3.0の時代に入りつつある。そこで注目されるのはトークンエコノミーだ。
アメリカの経済学者ハーマン・デイリーのピラミッドを用いて説明しよう。
従来金銭化できるのは人工資本、および人的資本と自然資本の一部のみだが、トークンエコノミーの発想では、社会資本を含む4領域すべてをデータ化してお金に換算することができる。例えば「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」にトークンエコノミーを導入すれば、カーシェアリングでエコカーを利用した、環境負荷の少ないルートで移動した、渋滞を起こさないよう車間距離を取った、道を譲ったなど、個人の社会貢献度に応じてインセンティブを与えられるようになる。いわゆる「ピグー税」のようなものを個人レベルで発生できれば、社会問題の解決につなげられるかもしれないのだ。Web3.0の時代には、一人ひとりの行動を金銭換算し優遇できるような、新しい社会を迎えることも考えられる。
デジタルトランスフォーメーションがエイジングシティ問題を解決する
冒頭の話題に戻るが、社会はサイバーとフィジカルが融合する時代に突入した。2つの空間をつなぐIT技術の進化は目覚ましい。AI(人工知能)の性能は飛躍的に向上し、ディープラーニングやセンシング技術も成長を続けている。通信システムが4Gから5Gになれば、通信速度は100倍以上と格段に早くなる。このような高度なIT技術が、私たちの生活をより良いものに変えていくという概念が、デジタルトランスフォーメーション(DX)だ。
DXは単にデジタル化することではない。デジタライゼーション(デジタル化)とDXには大きな違いがあることを明確に理解しておく必要がある。経営的観点からいうと、デジタライゼーションは既存事業において競争力の維持やコスト削減を目的に行うものだが、DXはこれまでに全く存在しなかった事業をいきなり垂直立ち上げするようなものだ。
これを理解する上でわかりやすい事例は、日本のコンビニエンスストア(コンビニ)と米国のアマゾンがそれぞれ実証実験中の無人店舗だ。前者はデジタライゼーション、後者はDXの店舗を展開している。
日本のコンビニのRFID(電子タグ)で決済する仕組みを採用し、無人店舗化を実現している。店内にはレジがなく、客が専用のスマホアプリで商品の電子タグを読み取り、会計ゲートを通ることで買い物が完了する。レジ作業を客に任せることで、人件費の削減と人手不足の解消を目指す。一見新しい仕組みに思えるが、今増えているセルフレジにも似ていて、買い物体験はこれまでと全く変わっていない。
一方のアマゾンのAmazon Goはレジ作業も不要だ。店内にはたくさんのカメラやセンサーが設置されていて、自分のカバンやエコバッグに商品を入れて店を出るだけで買い物が完了する。入出時にQRコードをかざすなどの作業は必要だが、これまでにはなかった新しい買い物スタイルを体験できるのは画期的だ。もうひとつ、無人コンビニとの大きな違いは“無人ではない”こと。レジを担当する店員はいないが、サンドイッチなどを作る人はいて、温かいやりとりができる。
Amazon Goは新たな構造、仕組みをテクノロジーで実現している好事例だ。まさにサイバーとフィジカルが融合した空間といえるだろう。人が不在の殺風景なお店ではなく、人間が人間らしいところで働いていて、客にもレジ作業などの負担がない。これからの都市はAmazon Goのような都市を目指すべきではないか。
「個人の時代」が加速する中、都市づくりにおいて忘れてはならないのは人間中心設計であること。
スマートシティー(智慧城市)の先端を走る中国・深センでは、便利さの裏側で、さまざまな問題が起こっている。放置されるシェアバイク、路肩にあふれるゴミ、プライバシーの侵害、セキュリティの脆弱性。利便性を追求しコスト削減や効率化に成功しても、人間性に欠いた都市は本当にスマートな都市といえるだろうか。
カナダの英文学者兼文明批評家のマーシャル・マクルーハンは、『メディア論 人間の拡張の諸相』(栗原裕・河本仲聖訳/1987年)で「メディアとは人間の機能および感覚を拡張したものである」と語ったが、これはテクノロジーにも当てはまる。テクノロジーは単純にコスト削減のためにあるのではなく、人間中心に課題を見いだして、その解決策を設計するためにあるべきだ。
魅力ある未来都市創生に貢献する都市研究の都市大
DXの成立要件は2つある。DXを成立させるには、データの取得および分析と共に、人間中心設計であることが重要だ。
世界最速ベースの高齢化、および都市のハードとソフトの高齢化、人口減少、財政逼迫など、さまざまなエイジングシティ問題を抱える日本。未来都市研究機構では、日本が目指すべき未来の形は、アンチエイジングシティではなくスマートエイジングシティであると考えている。都市は人間が作り得る、人間の機能や感覚を拡張した最大形態である。人々が住みよい都市を実現するため、テクノロジーと未来都市研究機構の5領域に関わる、全ての人の集合知で相乗効果を高めながら今期の研究を続けていく。
葉村真樹(ハムラ マサキ)
所属:東京都市大学総合研究所
職名:教授
出身大学院:東京大学大学院工学系研究科
取得学位:博士(学術)
研究分野/キーワード:都市イノベーション、経営システムデザイン、メディア情報戦略