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災害リスクを正しく評価し、都市や構造物の減災を目指す

未来都市編集部5,583 views

一般に「大きな災害が起きれば建物が壊れる可能性があるのは当たり前」と理解されていますが、少し前までは被害が出ることは許されないといった雰囲気がありました。想定を超える災害が訪れるとするなら、社会的にはどのような準備が必要なのでしょうか。
地震による構造物の壊れ方や減災について主に研究されている、工学部・都市工学科の吉田郁政教授にお話を伺いました。

吉田郁政教授

「災害時に社会の安全を守るのが“ビヨンドデザイン”です」

研究室では「ビヨンドデザイン」という視点に立って災害に関する研究をしています。研究の半分以上は地震を対象としており、残りは道路・橋・港湾・空港などの施設が劣化したときの安全管理について研究しています。安全な社会を目指すための手法を考えるのが研究目的です。

ビヨンドデザインとは、“設計の向こう側”という意味合いです。災害に対応した設計をしていても、想定を超える巨大地震が起きれば建物や道路などの各種インフラ施設に少なからず被害が出ます。災害に直面したときに構造物がどのように壊れるのかが分かれば、避難計画や災害対策に活かせます。ある程度の地震では壊れないように作るのが設計の基本ですが、設計で想定している以上の地震が起きたときにどうすれば被害を小さくできるのかを考えるのがビヨンドデザインなのです。

吉田郁政教授

ビヨンドデザインの研究は、リスクマネジメント、クライシスマネジメント、アクシデントマネジメントなどと呼ばれる「危機管理」に役立てることができます。例えばこの研究のひとつに、「津波シミュレーション」があります。我々の研究室では、津波が防波堤を越えてやってきたときの避難行動をシミュレーションで検証しながら、地震による津波被害を最小限に抑える方法や、避難計画に検証結果をどう活かせるのかといった研究をしています。また別の研究では、斜面崩落についてコンピューターシミュレーションをしています。山の斜面はどのような崩れ方をし、落石はどこまで転がっていくのかを把握することで、より合理的な設計や安全対策を考えることが可能になるのです。
湾岸エリアや山などの郊外には、原子力発電所や水力発電所、火力発電などの重要施設があります。施設の安全を確保するには、山や沿岸部のリスクを把握しておくことが大切だと考えています。

「壊れ方の研究は、防災・減災教育につながります」

「安全を確保するためにはとにかく頑丈な耐震設計にすれば良い」と思われる方がいますが、それには莫大な費用がかかります。一昔前は壊れないものを作ることを目指し、頑丈に作れば安心であるという「安全神話」がありました。しかし今ではその考えが否定されてきています。「壊れないものを作るのは不可能だ」ということを、ようやく皆が認め始めたのです。

吉田郁政教授

つまり、大きな地震が来たときに壊れるのは仕方がないという前提に立って、対応策を考えておくことが大切だということです。構造物には、「良い壊れ方」と「悪い壊れ方」があります。良い壊れ方とは、人に危害を与えず修復しやすい壊れ方。一方の悪い壊れ方とは、地域を壊滅するような壊れ方です。構造物などが悪い壊れ方をしないように、たとえ被害が生じたとしても被害を小さく抑えられるように準備しておくことが求められます。

「(コンピューターシミュレーションによる)壊れ方の研究」は比較的フロンティアの研究領域で、多くの人に注目されています。実は壊れ方に関する研究は昔からありますが、残余のリスクを訴えても「安全だから大丈夫」とあまり問題にされることはありませんでした。一気に注目されるようになったのは東日本大震災以降です。現在はコンピューターの性能が飛躍的に向上し、昔とは異なるアプローチによる壊れ方の研究が進んでいます。

斜面崩落のシミュレーション(イメージ)

(クリックでアニメーションが再生されます)
遠心模型実験の再現解析 (2014.4)

「リスクがあることを認知し、リスクと正しく付き合うことが大切」

日本にはかつて“壊れる”や“人的被害が出る”などと、口に出してはいけない風潮がありました。いわゆる「安全神話」があったために「被害が起こるかもしれない」と警鐘を鳴らすことができず、対策や準備に遅れが生じていた過去があります。これは日本全体が反省しなければならないことでしょう。しかし今では、防災から減災へと考えがシフトしてきています。災害をゼロにするのは無理であると認め、「いかに被害を少なくするか」という視点で意思決定が行われるように変わってきたのです。

吉田郁政教授

特に東日本大震災の後には随分と変わりました。それまでは「原子力発電所は安全だから避難計画は必要ない」と、議論すらできないムードがありましたが、現在は避難計画が準備されています。また、大きな津波が起きたときにどんなルートで避難したら良いかなど、様々な事態を想定して準備するようになりました。よくないことが起こったときにどうすれば良いのかを、各々が考えるようになってきたのです。

1000年に1度といわれる東日本大震災は実際に起こりました。「万全に対策したから安心」と慢心するのは、日本の負の遺産ともいえる安全神話に他なりません。繰り返しになりますが、災害リスクはゼロではなく、確率は小さくても想定外のことは起こり得るのです。一般的に人には「過剰反応するリスク」と「過小評価するリスク」があります。「リスクを正しく認識して、正しくリスクと付き合う」ことが重要で、リスクはあるものだと思って行動しなければなりません。

災害が起きてもできる限り最悪な事態にならないように考えていくのが私たちの研究の使命であり、研究を続けていくことが安全な未来社会につながると確信しています。

吉田 郁政(ヨシダ イクマサ)

所属:工学部 都市工学科
職名:教授
出身学校:京都大学 (工学部) 1982年 卒業
取得学位:博士(工学) 武蔵工業大学 1996年
研究分野:構造工学・地震工学・維持管理工学
研究分野/キーワード:リスク、防災、健全度評価

ライター:未来都市編集部

東京都市大学 総合研究所 未来都市編集部です。未来の都市やまちづくりに興味・関心を持つ方に向けて、鋭意取材中!