高度経済成長期に建設された道路や橋などの社会基盤施設(インフラ)は、建設後50~60年が経って劣化が目立つようになりました。今後20年先を見据えても、さらに劣化が進んでいくことは目に見えています。社会資本であるインフラを適切に維持管理するために、早急に対策をとらなければなりません。インフラの健康診断と劣化予測モデルに関する研究を続けている、東京都市大学・工学部・都市工学科の丸山收教授にお話を伺いました。
「社会基盤施設のクライシスには健康診断が有効」
エイジングインフラに対する危機管理の方法として「リスクマネジメント」と「クライシスマネジメント」という2つの考え方があります。前者は「将来起こるかどうか分からない不確定性を含んだもの」と定義される一方で、後者は「確実に起こるもの」として定義されています。都市インフラの劣化をリスクかクライシスかで捉えれば、そのほとんどがクライシスに相当します。つまり、放っておけばよからぬことが必ず起こると想定されるため、早急に手を打たなければならないのです。
近年、劣化が進むインフラにおいて重要視されているのが、モニタリングによる「インフラの健康診断」です。健康診断によって劣化の度合いが分かれば適切にメンテナンスを施せます。しかし各々のインフラを管理する国や自治体では、メンテナンスにかかる費用をどのように工面するかが課題として残ります。
そこで我々の研究室では、インフラの健康診断によって得たデータから将来の劣化を予測する「劣化予測モデル」を作る研究に取り組んでいます。インフラの維持管理にどれだけ投資するかを決めるには、何かしらの判断材料が必要です。将来起こり得る危機を予測することで、「どの時期にどれだけの投資をすればよいか」が判断できるようになります。例えば10年後に何が起こるかをある程度予測できれば、予算やメンテナンス計画を決定する際に役立つでしょう。トンネル、道路、橋、下水道、空港施設など様々なインフラがありますが、都市を対象にするならば、そのすべてについて劣化予測モデルを作ることが求められています。
「劣化予測モデルは、コストのスリム化に役立つ」
インフラなどの構造物には「ライフサイクルコスト」がかかります。ライフサイクルコストとは、構造物が生まれてからその役目を終えるまでにかかる費用のことで、施工費やメンテナンス費などが含まれます。このライフサイクルコストの中で重要な位置を占めるのが、メンテナンス費などのランニングコストです。なるべくコストのかからない補修補強戦略を立てるには、将来の劣化の状態をある程度正確に評価できる「モニタリング技術」が必要不可欠です。しかし、高度センサーを導入できるのは大きな企業体や国レベルに限られます。ところが、地方の市町村では予算との兼ね合いからデータをとることすら難しい状況です。またインフラの健康診断は2000年代に入ってから始まったばかりで、20年、30年先を予測するのに使えるデータはほとんどないのが実状です。健康診断によるデータ収集の必要性が見直され始めたのもつい最近のことで、それまでは技術者による目視点検のみでデータを記録していないところもあれば、点検データがあっても市町村によって精度にばらつきがあったりします。
我々の劣化予測の研究では、点検やメンテナンスにあまり予算をかけることのできないインフラにも利用できるように、汎用性の高い「劣化予測モデル」の構築を目指しています。例として、現在進行している研究を2つ紹介しましょう。ひとつは「トンネルの劣化予測」に関するものです。ある自治体からトンネルの点検データの提供を受け、気候、環境、地震の発生頻度のほか、波しぶきがかかるトンネルでは塩分の飛来等の条件も加えて分類。それぞれで健康状態に違いがあるかどうかを確率論や統計学を用いて解析し、予測モデルを作っています。もうひとつ行っているのは、別の自治体のデータを使った「上水道配水管網の地震リスク評価」に関する研究です。地理情報システムで対象エリアを500mごとにメッシュ分割し、人口分布、地震発生確率、配水系統、水道管の材質等のデータを加えてデータベース化。これを基本データとして解析することで、被害をある程度推定できるようにしています。
都市インフラを維持管理するうえでは、「常時劣化していくエイジング」と「突発的に起こる自然災害」の2つを組み合わせて考える必要があります。それぞれに対応した劣化予測モデルがあれば、健康診断が難しい構造物でも、条件が類似するモデルを使って将来起こり得る劣化をシミュレーションすることが可能です。また自分たちでデータ収集する事が困難な場合、コストのスリム化も目指せるでしょう。これはトンネルや下水管に限らず橋梁、道路、盛り土などあらゆるインフラに通ずるものです。
「理想的な未来都市は、エイジングインフラと共存するコンパクトな街」
実際のところ、エイジングインフラを維持管理するうえで最も重要なのは、「投資に対する意思決定」の部分です。インフラの健康診断が大切だと前述しましたが、点検データで劣化を予測するだけでは不十分です。予測に基づいてメンテナンスするのか建て替えるのか、メンテナンスするならいつどのくらいの予算をかけて行うのかなど、インフラの将来を決定することが最終的な着地点になります。どのインフラでも意思決定するのは難しいものですが、特に公共物では難しさが増します。なぜなら民間ではオーナーの意志で決められますが、税金を投入している社会インフラでは市民への説明責任が伴うからです。さらに、直接的な収益の発生しない公共事業では、維持管理のための投資が難しいといった側面もあります。確率論だけで決めるのは極めて困難です。市民の理解を得るためには経済学や社会学も含めたきめ細やかな議論が必要でしょう。
インフラの維持管理には様々な課題がありますが、持続可能な未来都市を支えていくのは、今まさに劣化が進んでいるエイジングインフラです。エイジングシティでは、このエイジングインフラとうまく付き合っていかなければなりません。付き合い方にもいろいろありますが、時には建て替えることも視野に入れつつ、小さなメンテナンスをしながら維持管理していくことが大切です。時間を空けて大規模補修するよりも、劣化の進行をゆるやかにできますしコストも抑えられます。
また、社会や都市の変化に合わせてインフラの形を変えていく必要もあるでしょう。人間の利便性への探求心は果てしないものですが、社会や都市が発展しているか衰退しているかでは対策法が異なります。個人的な理想では、エイジングインフラを維持管理しながらコンパクトに暮らせる街、分散した都市が各地に生まれていくことを望んでいます。
未来都市に対する研究は東京を対象としていますが、エイジングインフラの維持管理は地方都市でも避けられない問題です。我々の劣化予測モデルが幅広いインフラに活用できるよう、意識して研究に取り組んでいきたいと思っています。
丸山 收(マルヤマ オサム)
所属:工学部 都市工学科
職名:教授
出身大学院:武蔵工業大学 博士 (工学研究科) 1988年 修了
出身学校:武蔵工業大学 (工学部) 1983 年 卒業
取得学位:工学修士、工学博士
研究分野:構造工学・地震工学・維持管理工学
研究分野/キーワード:地震工学、信頼性工学
1「信頼性設計法の基礎理論研究」/性能設計、信頼性設計
2「高耐力マイクロパイルの性能設計技法の開発」/高耐力マイクロパイル、性能設計
3「上水道システムの地震リスク評価に関する研究」/上水道システム、地震最大損失、地震リスク
4「トンネル覆工コンクリートの維持管理に関する研究」/確率微分方程式、トンネル覆工コンクリート、劣化予測
5「地下汚染物質の拡散状態の推定に関する研究」/逆解析、地下汚染、カルマンフィルタ