東京都市大学未来都市研究機構は、7月30日、二子玉川夢キャンパス(東京・世田谷区)にて、「未来都市研究機構 第5回セミナー(第136回総研セミナー)」を開催した。本セミナーは「私立大学研究ブランディング事業」の一環として開催されたもので、5回目のテーマは「都市と健康生活」。「健康領域」の活動報告のほか3人の専門家が登壇し、前半ではセンサーネットワーク技術について、後半では睡眠および温浴効果について講演を行った。
今回はセミナーの最後に登壇した、東京都市大学人間科学部教授・温泉療法専門医の早坂信哉氏の講演についてレポートする。
温泉療養の効果が見直されている。温泉は古くから人々の心と体を癒してきたが、昨今では科学的な根拠を基に、健康増進に役立てようとする動きが盛んだ。温泉研究の第一人者として名高い早坂氏は、この日のセミナーに登壇し「温泉と健康」について講演。医学的なエビデンスを交えながら、入浴と温泉療養にみられる健康効果について語った。
健康づくりに欠かせない「入浴」の効果
入浴によるメリットは大きい。普段シャワーだけで済ます人でも、湯船に浸かったときの開放的な心地よさはご存知のはずだ。医学的には、お湯に浸かると温熱、浮力、水圧作用や、自律神経を調整する作用が働くと考えられている。これらの作用によって、心身ともにリラックスすることができるのだ。それぞれの作用については下記の通り。
【温熱作用】
入浴によって体が温められると、毛細血管が拡張して血流が促される。血液循環が良いと、約60兆個あるとされる体の細胞組織に酸素や栄養がスムーズに運搬されるようになり、かつ不要な老廃物や二酸化炭素などは腎臓、肝臓、肺などに運ばれて、体外へ排出されやすくなる。温泉は特に温熱作用が強い。
【浮力作用】
水中では浮力によって重力から解放され、体重は約10分の1になる。体を支えるのに必要な力が減って、関節や筋肉など体にかかる負担が軽減されるため、リラックスできる。
【水圧作用】
水圧によりお湯に浸かっている部分がしめつけられ、血液が心臓に戻るのを助ける。水深が深くなると水圧が上がるが、それが足に効果的に働き、たまった血液などが押し上げられてむくみも解消される。
【自律神経調整作用】
38℃~40℃のぬるめのお湯に浸かることで、副交感神経が優位になってリラックスできる。ストレスにさらされ続けている現代では、慢性的に交感神経が働き戦闘態勢になっているが、入浴することで興奮状態を鎮める効果が得られる。
入浴によってこれら4つの作用が働き、心身に良い効果がもたらされるのだ。
また「入浴にもコツがある」と早坂氏はいう。38℃~40℃のぬるめの湯に浸かればリラックスできるが、42℃の熱いお湯に入ると交感神経を刺激して体が興奮状態になる。心臓はドキドキと早打ち、血圧も上がる。熱い温泉を好む人もいるが、高齢者は特に皮膚の感覚が鈍って熱さを感じにくくなっているので注意が必要だ。せっかく入浴しても熱いお湯では逆効果になることを覚えておきたい。
温泉地で入浴効果UP!医学的にも立証されつつある
温泉に浸かるとさらに入浴効果が高まる。それも1泊2日の短期ではなく、温泉地に長期間滞在するのが効果的だ。早坂氏によると、温泉医学では、昔ながらの湯治に“総合的生体調整作用”があると認識されている。温泉に浸かるだけでなく、温泉地でその雰囲気も楽しむことで、自律神経やホルモンバランスを整える効果が期待できるのだ。たとえばホルモン値が高くても低くても、1週間以上の湯治を続けると、最終的には正常値へ近づいていくことが分かっている。
熱海市の調査では、温泉を引いている家庭(全家庭の約20%)の人は降圧剤を飲んでいる人が少なかった。その理由は、毎日温泉に浸かることで保温効果や血管拡張作用、高圧効果が持続して血圧が下がるのではないかと考えられている。
また、週1回以上温泉に入っている人は悪玉コレステロールが少なく、善玉コレステロールが多いことにも注目だ。以前から温泉には悪玉コレステロール値を下げる効果があるといわれているが、熱海市民約3,000人を調査した結果からもそれらしきことが分かってきた。温泉でストレスが軽減され、各種ホルモン値が変化し、温泉に含まれるイオン類が体に吸収されることで血管内皮にも変化が現れるのだ。
このように「温泉の効果が医学的に分かってきている」と早坂氏は続ける。環境省が「温泉の適応症決定基準」を前回通知したのは昭和57年のこと。これを根拠に全国の温泉地では、“湯の効果”として適応症を表示してきたが、今回、平成26年になってようやく改訂されている。早坂氏いわく、「この32年間に蓄積されてきた医学的エビデンスを基に適応症を精査」されたそうで、改訂版はより信頼度が高まっている。温泉地の泉質を選ぶときの心強い味方になりそうだ。
先ほど紹介した4つの入浴作用のうち、温熱効果が特に強く現れる泉質にも注目したい。日本の温泉では主流の「塩化物泉」や、マグネシウムやナトリウムから成る「硫酸塩泉」では、塩分が皮膚に被膜を作り、汗の蒸発を妨げて保温効果を高める。また“玉子の腐った臭い”が特徴の「硫化水素」には、お湯に溶け込んでいるガス成分が皮膚から吸収されて、血管を拡張させる効果を期待できる。炭酸泉などに含まれる二酸化炭素にも同様の効果がある。
温泉に含まれる様々な成分によって、体を温めたり、血管を広げたり、血流を改善する作用が働き、疲労物質なども排出されやすくなる。まさに温泉には癒しの効果があるといえそうだ。
健康長寿とリフレッシュの場として期待される「新・湯治」
温泉地での長期湯治には様々な効果が期待できることから、新たなプロジェクトもスタートしている。早坂氏は、環境省が推進する「新・湯治」プロジェクトにも参画。有識者としてあらゆる調査に関わっている。
「新・湯治」とは、温泉に関する医学的エビデンスがそろってきたところで、もう一度湯治の効果を見直してみようという試み。高齢化社会やストレス社会が進む現代では、健康長寿を叶え、かつストレスを解消してリフレッシュできるオアシスが必要だ。その場として相応しいのが温泉地ではないかと考えられている。早坂氏いわく、「ただ湯治を勧めるだけではなく、可能な限り根拠を示すことを目指している」そうだ。
具体的には、これまで温泉の効果は実験的な研究が主だったが、感覚的・主観的な効果を把握することを重視して、全国の温泉地でのアンケート調査が進められている。「肩が軽くなった」「腰痛がやわらいだ」などの口コミを収集し数値化することで、観光客が選ぶ基準ができると同時に、それを根拠として温泉地のPRにもつながるはずだ。新たな温泉地の魅力を再発見できる可能性もある。
最後に、早坂氏が訪問医療などの経験から温泉・入浴研究の道へと進むきっかけになった、入浴時の注意点をお伝えしよう。入浴には様々なメリットがあるが、お風呂で年間1万9千人が亡くなっているのも事実だ。高血圧や高い発熱時には体調を崩しやすくなる。上の血圧が160㎜Hg以上あるとき、下の血圧が100㎜Hg以上のとき、体温が37.5℃以上のときはトラブルが起こりやすい。この場合は入浴を避けるか、ぬる湯に短時間浸かるようにしよう。
まとめ
入浴には温熱、浮力、水圧、自律神経調整作用があるほか、定期的な温泉入浴には悪玉コレステロールを下げ、善玉コレステロールを増やし、血圧を下げるなどの可能性がある。環境省による「新・湯治」プロジェクトも開始し、湯治への期待感も高まっている。湯船への入り方に気をつけながら、温泉や入浴のメリットを存分に享受してはいかがだろう。
早坂 信哉 教授
東京都市大学人間科学部教授
温泉療法専門医