東京都市大学未来都市研究機構は、7月30日、二子玉川夢キャンパス(東京・世田谷区)にて、「未来都市研究機構 第5回セミナー(第136回総研セミナー)」を開催した。本セミナーは「私立大学研究ブランディング事業」の一環として開催されたもので、5回目のテーマは「都市と健康生活」。「健康領域」の活動報告のほか3人の専門家が登壇し、前半ではセンサーネットワーク技術について、後半では睡眠および温浴効果について講演を行った。
今回はセミナーの後半に登壇した、株式会社エス アンド エー アソシエーツ 取締役 常務執行役員、一般社団法人日本睡眠改善協議会認定・上級睡眠改善インストラクターの安達直美氏の講演をレポートする。
「睡眠負債」による様々なリスクが問題視されている。日々の睡眠不足が借金のように貯まれば、負債となって身体に様々な悪影響を及ぼすというのだ。集中力が落ちて仕事の能率を下げるばかりか、運動能力や免疫力も低下して生活習慣病などの病気を招くこともある。アメリカのある研究では、日本人の睡眠不足による経済損失は15兆円にも及ぶと試算されており、これは決して軽視することはできない事実だ。睡眠負債を溜めないためにはどうしたら良いのか、何か良い方策はないのだろうか。安達氏の講演から睡眠を考えてみよう。
睡眠はヒトの生命活動を支える大切な機能
上級睡眠改善インストラクターとして活躍する安達氏は、日本でも数少ない“眠りのスペシャリスト”だ。安達氏は睡眠について、「複雑な脳を有する高等動物に見られる進化した休息機能」であり、「生命活動、生命維持に欠かせない生体防御技術のひとつ」と語る。つまり睡眠は、「ヒトが人間らしく生き抜く」ための休息・メンテナンス機能なのだ。
活動的な人の中には「睡眠時間はムダなもの」と感じている人もいるかもしれない。しかし眠っている時間は決してムダではなく「日中に得られた情報の整理をするために必要不可欠な時間」だ。
睡眠には、脳や身体を休ませるほか、記憶を定着させる役割もある。「睡眠時間の前半は脳の休息を優先に、後半は充分な記憶の整理やメンテナンスの時間に充てられている」とする説もあるそう。学習内容の習得には、睡眠の後半の働きがカギになりそうだ。
また最新の研究によると、「脳内の老廃物は脳が休んでいる間にだけ排出される」という。安達氏の説明によると、脳は働いている間は膨らんで大きくなるが、脳を休ませると縮んで隙間ができる。脳には身体と同じような老廃物を運ぶリンパは存在しないものの、この隙間をぬって不要な老廃物が排出されることがわかってきた。不要な老廃物とは、アミロイドβや一部のたんぱく質のこと。これらが蓄積することで、認知症が引き起こされるのではないかといわれている。
このように睡眠はヒトにとって重要な役割を担っている。このことを知れば、睡眠を削ろうとは思わなくなるかもしれない。
睡眠中に起こっている眠りのメカニズム
睡眠は一晩の間に深くなったり浅くなったりを繰り返している。眠りには「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」の2つの状態があり、一般に「ノンレム睡眠は深い眠り、レム睡眠は浅い眠り」と認識されている。しかし単純に比較できるものではない。細かく言うと、ノンレム睡眠は眠りの深さによって4つのステージに分けられる。身体を休ませ、傷ついた細胞をメンテナンスする「成長ホルモン」が最も多く分泌されるのは、ステージ3~4の深い眠りが訪れたときだ。一方のレム睡眠中には、脳が活発に働いて記憶の整理などが行われると考えられている。夢を見るのはレム睡眠期に多い。
ノンレム睡眠とレム睡眠の周期はおよそ90~110分。入眠後は、まず深い眠りが訪れ、しばらくすると浅い眠りが訪れる。そして睡眠時間の経過に伴ってレム睡眠の時間が増えていく。
ただし眠りには個人差があって、朝型の人がいれば夜型の人がいたり、遺伝によって短眠者か長眠者に分かれたりする。また加齢によって、眠れなくなったり、眠りが浅くなったり、夜中に何度も目覚めたりすることもある。その場合は「いかに中途覚醒をせずに質の良い睡眠を取るか」が重要になってくる。
「睡眠負債」が体に与える影響
睡眠が足りない日が続き慢性的な寝不足状態になると、睡眠負債となって蓄積する。睡眠負債は、身体や脳、心に重大な影響を与える。睡眠が足りていないときや質が悪い時には、次のようなサインが現れるので気をつけよう。
・身体への影響
運動能力、免疫力、身体回復機能、循環器系機能の低下、生活習慣病の増加など
・脳への影響
集中力、記憶・学習能力の低下、注意維持の困難化、認知症発症リスクの増加など
・心への影響
感情制御機能、創造性、意欲の低下など
身体をきちんと休ませなければ、免疫力が落ちて病気になりやすくなる。集中力・記憶力・学習能力が低下して注意力も散漫になれば、仕事に支障が出ることは目に見えている。また寝不足がもたらす創造性の低下は、他人とのコミュニケーションにも影響を及ぼし兼ねない。ある研究では、創造性が落ちることで、喜びや怒りなど相手の顔に浮かぶ表情を瞬時に見分けられなくなることがわかったそうだ。
また厚生労働省が提言する『健康づくりのための睡眠指針2014』によると、人間の作業効率の限界は起床後12~13時間まで。これ以上仕事や勉強を続けたとしても、能率や認知機能はどんどん低下する。驚くことに15時間以上続ければ酒気帯び運転と、17時間以上続ければ飲酒運転と同等の状態になるそうだ。これではヒューマンエラーが増えるのも当然だ。
睡眠時間を削るほど長時間労働を続けても作業効率が悪ければ意味がないし、睡眠負債が溜まったままでは良いパフォーマンスは発揮できない。ビジネスパーソンにとっては死活問題だ。安達氏は、「睡眠負債は簡単に解消できるものではないので、平日にこまめに返していくことが大切」と語る。つまり、平日の寝不足を減らす努力をすることが、できるだけ負債を溜めないためのいちばんの近道だ。
睡眠負債を解消する方法
安達氏が勧める睡眠負債を返す方法は、「少し早く寝て、少し遅く起きる」こと。1時間早く寝て1時間遅く起きるようにすると、睡眠のリズムが整いやすいそうだ。睡眠負債も溜まりにくくなる。
睡眠不足だからと週末などに過度の寝だめをする人もいるが、体のリズムが狂うことがあるので注意が必要だ。ヒトの体内サイクルは24時間よりも長いので、元々後ろにずれやすい。遅くまで起きているのは簡単でも、前倒しして早起きするのは難しくできている。時差の関係で夜が長くなる西回りは楽だが、朝が早く訪れる東回りが辛いと言われるのはそのためだ。体内サイクルのリズムが狂うと修正に苦労するので気をつけよう。
都市型生活で睡眠の質を上げるには
良質な睡眠とは、ただ睡眠時間を長くすれば良い訳ではなく、その中身が大切だ。睡眠の質を上げるには、昼間たくさん日光にあたり、いかに活動的に過ごすかが重要になる。
まずは普段から眠りの準備がきちんとできているかチェックしてみよう。
1.眠気は十分に貯まっているか
寝る前にうたた寝をするのはNG。眠気が貯まっていないと寝付けなくなる。
2.体は眠りの準備ができているか
体温が下がり、内臓が休まなければ眠りにつきにくい。なるべく夜食は控えよう。
3.脳と心は眠りの準備ができているか
寝る直前までスマートフォンやテレビを見ていると脳が興奮する。考え事もNG。
4.環境は眠りの邪魔をしていないか
明るすぎる照明は脳を覚醒させるのでNG。音、香り、寝具など眠る環境にも注意。
上記チェック項目に思い当たることがあれば、眠りの質が下がっている可能性がある。
眠れないときによくやりがちな行動にも間違ったものがあるので注意しよう。
睡眠中は余計なエネルギーの消費を防ぐため、体温が下がり、内臓代謝が低下するなど体が“エコモード”になる。逆を言うと、体温や内臓の働きが活発なままでは眠りにつきにくいといえる。たとえばアルコールはストレス解消には良いが、睡眠を妨げる一面を持つ。就寝前にお酒を飲めば数時間後に利尿作用を起こしたり交感神経系を興奮させたりして逆効果になる。また「羊を数えると良い」という説があるが、自分でカウントすれば脳が活性化してますます眠れなくなる。ある大学の研究室の実験では、羊を数えてすぐに眠れたのは1割程度だそうだ。
睡眠の質を高めるためにおすすめの習慣もある。安達氏は、「昼間に仮眠をとると、夜に良い眠りにつきやすくなる」という。仮眠の方法は、明るいところで椅子の背もたれにもたれかかり眼をつむるだけで良い。時間は15分程度。50歳以上では約30分の仮眠でその後にパフォーマンスが上がり、夜の眠りの質が上がるといわれる。たった7分でも十分な効果を得られるとする最新の研究もあるそうなので、試してみてはいかがだろう。
まとめ
睡眠負債による損失は、我々が考えている以上に大きいものだ。安達氏が指摘するように「睡眠の時間は経済を支える時間」であると認識して、睡眠時間を十分に確保することをおすすめする。またスムーズな眠りにつくには、寝る前の準備も必要だ。安達氏は「眠りの準備には自分に合ったカスタマイズが大切」と語る。「就寝前は自分が安心できること、リラックスできること、ゆるやかな気持ちになること」を習慣化し、眠りにつきやすくなるように自分なりに工夫してみよう。
安達 直美 氏
株式会社エス アンド エー アソシエーツ 取締役 常務執行役員
一般社団法人日本睡眠改善協議会認定・上級睡眠改善インストラクター